5 30, 2018
企業からみる通商問題:外国当局による過大な関税賦課と解決法の基礎(2)
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3.政府間の懸念表明と、WTOパネルによる解決
箱田: このロシアの事例はどのように解決されましたか。
上野: 企業単位でロシアの当局に問題を主張しても、なかなか問題は解決しませんでした。その後、日本を始め各国政府が当局に対して正式な懸念表明をしました。その結果、ロシアは、毎年の関税法改正のタイミングで、実行税率を譲許税率に合わせていきましたが、完全に解決されることはありませんでした。
そこで、2014年末にEUがロシアのWTO法違反を裁判的な機関であるWTOパネルに付託した結果、2016年6月にロシアが敗訴。2017年6月には、ロシアが措置を撤廃しています。各国企業や国が問題を指摘した結果、徐々に改善し、実質的な影響は低下しましたが、WTOに付託されてから完全に問題が解決するまで、3年以上掛かっています。
箱田: ありがとうございます。企業が政府にお願いして政府レベルで懸念を伝えてもらうだけで解決に向かうこともあるのですね。WTOでの審理の結果、ロシアが自ら措置を改善したことも良く分かりました。その他の国の例もお伺いできますか。
上野: 世界各国が懸念している措置の内容は、WTOの物品理事会で議論されているものです。同理事会議事録などで公表されている例でも、コロンビアの繊維製品、中国の写真フィルム、トルコのタイヤなど、沢山の類似例があります。ロシアと同様に、政府からの懸念表明やWTOパネル手続などで、解決されています。
4.マネーロンダリング対策として行っているという当局側の説明は不十分
箱田: このような例が生じてしまうことについて、共通の背景や特徴など、何かお気づきの点はありますか。
上野: 比較的、関税当局のキャパシティが弱い国を中心に、このように、一定の価格以下の製品について、その価格に応じた課税を認めない扱いをする例が多いと言えます。
その理由として、当局が挙げるのが、前記ロシアのような輸入価格を虚偽で過小に記載する例や、これによるマネーロンダリング問題に対応する必要性です。しかし、価格の過小記載については、その疑いがあるものについて、検査をすれば良いはずです。また、マネーロンダリングを防止する目的があったとしても、一定の関税を払えば輸入できてしまうのであれば、ロンダリングの防止にあまり役立ちません。WTOパネルでも、ロンダリング防止と手段との関連性に否定的な見解が示されています。
箱田: 当局側の言い分は成り立ちにくいということですね。その他、実際的な理由はどんなところにあるのでしょうか。
上野: 実際の理由として、関税当局のキャパシティ不足があるとされています。他のより実効的な取締手段があると分かっていても、当局に金銭的・人的なキャパシティがないため、WTO協定に違反する包括的な措置を実行していると考えられています。このキャパシティの問題自体は、深刻な問題として、WTO及びWCOで議論されていて、現在は、水際での関税措置によるのではなく、輸入を認めた後に行われる「事後調査」を充実させることが望ましいということが言われ始めています。
5.企業の対応
箱田: 今後、企業としてはどのような対策を講じていくべきでしょうか。
上野: 輸入する企業にとっては、虚偽記載やマネーロンダリング防止等の目的で課税される場合には、そのような措置が違反である旨、当局に指摘すべきと考えます。すでにお伝えしたとおり、大使館を通じて、国として指摘すべき場合もありますし、そうすれば翌年の関税改正までに改善する例が比較的多いです。注意すべきなのは、仮に改善したとしても、過去に遡って過大な課税分が還付される訳ではないということです。そうであれば、会社として素早い対応が望まれます。
箱田: 世界的な潮流のようなものは、どんなふうに感じられますか。また、その対策についてもお伺いできますか。
上野: 世界の流れとしては、徐々に事後調査対応を強化する流れへと進むと思われます。キャパシティの乏しい国にとっては、特に、いかに調査品目を絞って効率的に調査をすることが重要ですので、疑わしい取引であるとの記録が参照されます。企業にとっては、途上国との関係でも、取引記録の管理担当者、保存等を明確にして、まずは疑わしい取引であると見られないように注意し、仮に調査が入った際には、きちんと製品の価格の正当性を説明できるようにしておくことが必要です。これが説明できなければ、過去分に遡って差額が徴収され、場合によっては大きな加算税がかかります。
そもそもの会社の体制として、このような通商問題が起こることを想定し、対応可能なものにしておく必要があります。問題が生じたときは、どの部署が情報を集めて、問題の大きさと所在を検討するのかを明確にしておくことも必要です。「物流」「法務」「税務」「経営企画」など、あらゆる部署が本件のような問題を取り扱うことができそうですが、企業の方からは、これまでその権限の明確な整理がなかったというお話をよくお聞きします。ただ、企業によっては、通商と自社ビジネスの全体を把握し、リスクをマネージするための部署があります。上場企業であれば、通商問題に巻き込まれた場合に、プレスリリースを出さなければならない場合もあります。個人的には、少なくとも各部署の担当者間で、社内勉強会などを行いつつ、事前に想定しうる問題と解決法を一度でも話し合っておくだけでも、随分と問題への対応力が変わるのではないかと思います。
お話を伺ったのは:
弁護士 上野一英 氏 (プロファイルはこちら)
※本稿のうち、意見にわたる部分は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する事務所の見解を示すものではありません。